贈り物を受け取ることが、少し苦しくなった理由
贈り物は、本来ありがたく、嬉しいもののはずです。
けれど時々、受け取った瞬間に
「ありがとう」と言いながら、
心のどこかが少し重くなることがあります。
それは贈り物そのものではなく、
その背景にある気配や、
自分の暮らしとの小さなズレを
感じ取ってしまうからかもしれません。
これは、そんな違和感から始まった
私の体験と気づきの記録です。

贈り物の起源は、
神様へのお供えにあるという説があるそうです。
お供えしたものを人に分け与えることから、
贈り物の文化が生まれたとも言われています。
そう考えると、
贈り物には「物」だけでなく、
気持ちや関係性まで含まれているのだと思います。
感謝やお祝い、
ちょっとしたお裾分け。
同じ贈り物でも、その目的や意味合いはさまざまです。
私は最近、
贈り物は時と場合、そして相手との関係性によっては、
受け取らない選択をしてもいいのではないか、
そう考えるようになりました。
きっかけは、職場での小さな出来事でした。

ある先輩から、
時々お菓子を渡されることがありました。
「賞味期限が近くて、私は苦手だから」
そう言って差し出される、個包装のお菓子です。
最初の頃は、
先輩からの好意だと思い、ありがたく受け取っていました。
小さなものでも、
いただいた以上はお返しをしたほうがいい。
そう思って、先輩の好みに合いそうなお菓子を選び、
お返しをしていました。
けれど、そのやりとりを何年も続けるうちに、
ふと、違和感に気づきました。
これは本当に「贈り物」なのだろうか。
ただ、不要になったものを
捨てられずに回しているだけではないのか。
自分の暮らしに合わないもの。
気持ちがこもっていないと感じるもの。
そうした物を受け取るたび、
私はどこか居心地の悪さを覚えていました。
それでも、すぐに断ることはできませんでした。
断ることで関係がぎくしゃくするのが怖かったのです。
結局、受け取っては、
自分の手で処分する。
そんなことを繰り返していました。
もしかしたら相手は、
自分では捨てられないけれど、
私の見えないところで処分されるならそれでいい、
そう思っていたのかもしれません。
そう考えると、
一方的に相手を責めることもできません。
ただ、私自身は、
受け取った瞬間に小さな「恩義」を感じてしまいます。
お返しを考えたり、
期待に応えなければと思ったり。
物以上に、
その関係性まで背負ってしまう。
たぶん私は、
そういうところがとても生真面目なのだと思います。
ある出来事をきっかけに、
その違和感は、よりはっきりした形になりました。
頼まれごとを、
強引に押し付けられたように感じた瞬間。
こちらの都合や気持ちへの配慮が感じられず、
心がざわつきました。
そのときに湧いた感情は、
以前感じていた
「賞味期限間際のお菓子」への違和感と、
とてもよく似ていました。
相手は無自覚かもしれない。
それでも私は、
粗雑に扱われているように感じて、
確かに傷ついていたのだと思います。
以前、断捨離を提唱されている
やましたひでこ さんの言葉を聞いて、
ふと腑に落ちたことがありました。
物を渡すときには、
その人の気持ちも一緒に乗っている。
どんな想いで手渡されているのかは、
受け取る側にも伝わってしまうのだと。
あのとき私が感じていた違和感は、
物そのものではなく、
その奥にある気配を
受け取っていたのかもしれません。
そして同時に、
もう一つ、考えさせられたことがありました。
私自身も、気づかないところで、
忙しさにかまけて、
誰かに同じような態度を取っていたことは
なかっただろうか、ということです。
余裕がないとき、
自分の都合を優先してしまったり、
相手の気持ちを想像する前に
行動してしまったことはなかったか。
そう思うと、
この出来事は、
誰かを責めるためのものではなく、
私自身への問いかけでもあったのだと感じました。
だからこそ、
私もまた、
物を渡すとき、言葉をかけるとき、
その奥にある気持ちまで
大切にできる人でありたい。
そんなふうに、
自分自身にも目を向けるきっかけになったのです。

最近は、
やんわり断る練習も必要なのかもしれない、
そう思うようになりました。
「いつも頂いているから、
誰か他に使ってもらえる人にどうぞ」
そんな言い方もあるのだと知りました。
食べ物についても、
無理をせず「苦手」と
はっきり伝えてもいいのかもしれません。
それでも、まだまだ難しいです。
迷って、受け取って、
あとから自分を疲れさせてしまうこともあります。
けれど、
贈り物をどうするかよりも、
そのとき自分の心がどう動いているのか。
そこに目を向けるようになったことは、
私にとって小さな変化でした。
すぐに上手に断れなくてもいい。
考えながら、つまずきながら、
少しずつ自分の感覚を大切にしていけたら。
今は、そう思っています。